大塚 和歌子(歯科医/わかオーラルヘルスケアクリニック院長)

岩手県釜石市生まれ。
岩手医科大学歯学部、同医局員を経て、秋田県能代市。
現在、わかオーラルヘルスケアクリニック院長。
秋田県教育委員(2期目)。三女の母。

https://www.waka-oral.com/

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ーーー開業して何年ですか?

大塚

6年になりました。
開業するにあたって、
秋田市の花田設計事務所さんのサイトをみて
この方にお願いしよう!って思いました。
素敵におしゃれにつくっていただきました。

医院の中は、ほんわかした雰囲気です。

ーーー子供時代から歯科医になろうと思っていたのでしょうか?

大塚

美術が好きで、美術大学を目指していました。

ーーー?

大塚

同時に医学の道も考えたら、
美術と医学の交わるところが歯学だったのかもしれません(笑)

父は新日鉄釜石、母は学校職員で、
医学は、全く知らない世界でした。

医学部の中に歯学科(?!)あるんじゃなく
私が行くところは「歯学部」だって最初は知らなかったです。
そんなところからスタートでした。

ーーー戸惑いも多かったのではないですか?

大塚

歯の事だけを学ぶというイメージがありますよね。

全部やるんです。外科も内科も。全部!

6年生になって、実習のときに
それまで学んできた知識がつながって俄然楽しくなりました。

今、この一本の小さな歯をみているのに、
これまで学問として何十科目も勉強してきたことが
全部必要で、つながっている!!
って思ったんです。

このことをわかるために勉強していたんだ!って感じたら
よし、ここからだぞ!って気持ちも引き締まりました。

もっと早く気づくべきですけどね(笑)

ーーー大学の医局員を経て、秋田へ。能代市の印象は?

大塚

釜石は太平洋側なので、雪が降らない。
それから、日が昇る街なんです。

能代は夕日が沈むから、違う街に来たなと思うことはありますが
ほとんど抵抗はなかったです。

もう人生で能代生活が一番長くなりました。
ただ、釜石弁がぬけてないみたいです(笑)
秋田弁はまだまだだなって言われます…

ーーー東日本大震災のときは すでに能代市在住ですね。

大塚

東日本大震災のときは、
ガソリンをやっと入れて、
秋田から釜石にむかいました。

自宅前まできて呆然としました。

このあと、この奥の山のほうに避難していた両親や
町の人たちを見つけ抱き合って泣きました。

命があればそれだけでいい、
生きてさえいてくれたらなんでもいい
と思いました。

しばらくしてから、幼いころの写真(七五三)を
自衛隊さんががれきのなかからみつけてくれました。
幼い日の写真は、本当にこれだけです



あれから10年ですね。

インタビュアー:鶴岡 慶子