Kiyoe Parisien

パリジェン聖絵

翻訳家。文学士(英文学・言語学)。
バベル翻訳専門職大学院にて修士を取得(文芸翻訳)。
フォーチュン100企業の英日・日英翻訳にも従事。
バベル翻訳専門職大学院プロフェッサー。
米オレゴン州在住。

訳書に
▶︎世界の美しい城 フィリス・G・ジェスティス著(原書房)
▶︎1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365 人物編 デイヴィッド・S・ギダー、ノア・D・オッペンハイム著(文響社)
▶︎ひと箱のマッチ ニコルソン・ベイカー著(近代文藝社)
▶︎列車と愛の物語 アレクザンダー・マコール・スミス著(近代文藝社)
▶︎メサ・ヴェルデのひみつ 古代プエブロ人の岩窟住居 ゲイル・フェイ著(六耀社) などがある。

 looktranslation.com

【2】

◆…翻訳の学校ではどんなことを学ぶのでしょうか?

まず、翻訳の基礎を習います。
そのほかには、
翻訳に関して知っておくべき著作権の法律、
自分で開業する際の方法、
IT関連(翻訳をするにはITの知識が必要なので)など、総合的に勉強します。

◆…翻訳の基礎とはどういうものですか。

翻訳は、英語の原文を理解して著者の言いたかったことを日本語で代弁するお仕事ですが
自分の意見を言わないことが大前提としてあります。

筆が乗ってる時はつい勢いで ”私の声になっている” 時があります。
後で見直して冷静に推敲したりします(笑)

著者の声を聞け、登場人物の声を聞けということは、常に軸にあります。

◆…あくまでも黒子という立場ですね。

大前提としてはそうなんですが、
絵本については創作レベルじゃないかと思うぐらい自由に訳されているものもあります。

否定するわけではありませんが、
どういう気持ちで著者がこのことばを選んだのだろう、使ったのだろうと考えると、
私はなかなかそこまで踏み切れなくて、自由に変えられないかもしれません。

私が多く手掛けてきたビジネス関連で言うと、
意味が通じて読みやすいことが大事だと思っています。
トレーニング資料であれば、読者に寄り添った翻訳の方がいいだろうなと思います。
書いた人の意図を汲み取りつつも、読者に寄り添ったことば遣いや文章の書き方をします。

フィクションであれば、
登場人物の人柄がだんだんわかってくると、その人が乗り移ってくる感じがします。
そうすると自ずとことばのチョイスが決まってきます。

正解が一つじゃないのが、翻訳の難しさであり、面白さでもあります。

◆…ルールはもちろんあるけれど、その先にどこまでも表現の幅が広がっているんですね。

翻訳は、楽譜をみて演奏するという過程にすごく似てるなと思います。

ピアノを演奏する時は楽譜をみて、ドの音であれば、ドの鍵盤を叩く…。
楽譜には「小さな音で」「大きい音で」という指示があったとしても、
どの程度 小さいのか、大きいのかというのは、演奏者の解釈にもよります。
だから、同じ曲でも演奏者によって表現が違います。

翻訳においてもそうです。
同じ文章でも訳者によって違いが出てきます。
その表現をどうしていくのか、いつもギリギリまで考えている気がします。

◆…英語もですけど、日本語も豊かじゃないといけないのではないでしょうか。

翻訳をしている内にいろんな壁にぶつかるんですね。
英語と日本語は一対一じゃないので、どうしても日本語にできないことがあります。

ではどうしたらいいんだろうと延々と考えていくんです。
考えている内にいろんなオプションが出てきて、頭の中をぐるぐる回るんです。

この自分なりの正解を探していくプロセスがたまらなく好きです。
最終的に ”こうしよう” と 決断をするのですが、そのプロセスが凄く楽しいんです。

◆…楽しいんですか?!(苦しそう)

苦しいんですよ。でも楽しいんです(笑)
翻訳家は、苦しいのが好き…、みたいなところがあるかもしれません(笑)

音の響きや かたさ、やわらかさ。漢字と平仮名のバランス。
際立たせたい言葉があった場合に、周りのことばを平坦にするなど、
そういうバランスをみながら一つ一つ丁寧にことばを見直す作業をします。

クオリティを上げるために、
更に良い言葉がないか、最後まで諦めずにとことん粘ります。

ことばを見つけるまでは
家事をしていても頭の隅で何となく考えていますし、
逆にデスクに向かっていた時に思い浮かばなかったことばが
リラックスしてる時やお風呂に入ってる時にぽっと浮かんだりします。

ベッドに入って寝る直前に浮かんだりするんですよね。
探していたことばと出会った時に、翻訳の楽しさを実感します。

◆…我慢強さが必要ですね。

根性はあるかなと思います。
厳格な家庭で育ったのが影響しているかもしれません。
自分のことは自分でするように、育てられました。

それが当たり前のように育ったので、
社会に出てからは打たれ強いタイプだったと思います。

後に、この我慢強さも強すぎると良くないなと発見することになりました。
突っ走っしりに突っ走って ある時バタンといった倒れた時期があるんです。
自分では無理してるつもりじゃなくても、突っ走り過ぎたと気付きました。

それ以降は徹夜でやらないと納期に間に合わないものでない限り、
朝ちゃんと起きて、夜はきちんと寝るようになりました。

(筆が)乗ってるなと思っても翌日に改めて考えてみると、
眠ったあとは頭が冴えていて、結局はもっと良いものが書けると感じることが多いです。
突っ走りそうになると「休みなさい、休みなさい」と自分に言い聞かせています。

ただ、もう何も悔いがない、翻訳の全てを見たから もうやめてもいい!と思ったことがあります。
1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365』というベストセラーシリーズがあって、
その内の1冊を私が担当させていただいたんです。

 

納期が3カ月。
全部で370ページの百科事典のような作品でした。
調べ物が多くその上で文章を書かなければいけないというので、ものすごい作業量でした。

納期に間に合わせるためには
1日何ページ進めなきゃいけないかを計算したら 3カ月間1日も休めないなって思ったんです。
朝から晩までやって、土日も一回も休まず3カ月間こもりきりになりました。

腕も腰も痛くなってくるは、目も見えなくなってくるは、
(マウスの操作をするので)手のひらも痛くなってくるは、で、身も心も疲弊してしまいました。

もうこれ以上 翻訳のお仕事を続けることはできない と思ったんですが
しばらく経ったら、そんなこと忘れちゃうんですね。

またやりたくなってしまうんです(笑)

◆…今後はどんな形でお仕事をしていきたいですか?

現在、私の卒業した大学院で絵本翻訳の講座を担当しています。
絵本は楽しいのですが、それ以外の本ももっと翻訳をしていきたいと思っています。

有名作家さんでなくても良い作品を書いてる方はたくさんいらっしゃいます。
そういう作家さんとつながって、出版翻訳の企画をしてみたいと思っています。

翻訳を通して、さらにたくさんの経験をしたいと思います。


最新作 ▶︎世界の美しい城 フィリス・G・ジェスティス著(原書房)

(了)
インタビュアー:鶴岡 慶子
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