• 伊那火工堀内煙火店

    長野県

伊那火工堀内煙火店は、長い歴史を持つ煙火店です。
初代から三代目までは堀内家がその技と看板を守り、
現在は那須野社長が、その歩みを引き継いでいます。

花火の世界に入ったきっかけは、堀内家の長女との結婚でした。
現場では、筒を洗い、玉を貼る仕事から始め、
一つひとつの工程を経験しながら、花火づくりを学んできました。

大切にしているのは、〈花火そのもの力〉
派手さを競うのではなく、「間」「闇」「空間」を演出することで、次の花火を生かす。
その考え方は、職人全てがそれぞれの持ち場で力を発揮できる環境づくりにもつながっています。

伝統を継承し、現場と対話しながら、次の時代へとつないでいく。
伊那火工堀内煙火店 代表取締役 那須野大氏が見つめる花火の現在地と未来について、お話を伺いました。

那須野 大氏(左)

ルーツ

花火一家ではなかった社長が、現場で“覚悟”を決めるまで

Q……..伊那火工堀内煙火店は、どのような歴史を歩んできたのでしょうか。

那須野:

伊那火工堀内煙火店は、明治32年(1899年)創業の煙火店です。
初代から三代目までは堀内家が、この店の技と看板を守ってきました。
地域の祭りや花火大会とともに歩みながら、現場で仕事を積み重ねてきました。

その時代、その場に求められる花火を、現場でつくり続けてきた。
そういう歴史の積み重ねが、土台になっています。

私が花火の世界に入ったきっかけは、堀内家の長女との結婚でした。
花火師の家に生まれ、小さい頃から花火が身近にあった方々と比べると、
私はまったく違う入り方をしています。

現場に入って最初に任されたのは、筒を洗ったり、玉を貼ったりする仕事です。
現場の一員として、一つひとつの工程を経験するところから始まりました。
以来、皆さんに追いつきたい、という思いでやってきました。

大人になってから花火に携わったことが、
自分の強みになっている部分もあるかもしれません。

職人一人ひとりを、血筋や年数ではなく「何ができるか」「どこがいいか」で見ています。

この職人はここがいい、あの職人はこれが上手だ。
それぞれの持ち味をきちんと理解し、それを、うちの煙火店の売りにしていく。
そんな方向に、少しずつ舵を切っていきました。

ただ、その姿勢を形にしていくのは、簡単なことではありませんでした。
先代は昭和12年生まれで、ずっと花火業界を歩いてきた人です。
花火の世界に生きてきたからこそ、大切にしてきた価値観もある。
そことのバランスを取るのは、当初は難しい部分もありました。

それでも、まずはいいものを作る。
仕事として世の中に認めてもらえれば、きっと先代にも伝わるだろう。
そう信じて、ここまでやってきたところがあります。

Q……..地域の祭りにも深く関わってきたと伺いました。

那須野:

初代の頃から、地域の祭りや行事に関わってきました。
その一つが、「大三国」と呼ばれる奉納煙火です。

大三国は、長野県の南部で行われている、神社の境内で奉納される伝統煙火です。
秋祭りの中で行われ、境内に設えた櫓から、大きな噴水のような花火を噴き上げます。
打揚花火とは違い、地域の信仰や祭礼と強く結びついた煙火です。

この大三国は、初代から先代、そして代々、地域とともに守り続けてきたもので、
私も社長になってからもこれを引き継ぐことになります。。

この奉納煙火を任されたときに、自分の中でフェーズが変わったと感じました。

大三国は、技術的にも緊張感の高い煙火ですし、何より、地域の信仰と歴史を背負う行事です。
この地域の煙火及びこの煙火店を背負っていく覚悟が、自分の中ではっきりと決まりました。

技と仕事

派手に見せない。だから美しい。

Q……..社長自身が好きなのはどんな花火ですか。

那須野:

打ち方は、わりと派手なこともありますが、
打っている玉そのものは、シンプルなものが好きです。

たとえば、芯も入っていない、基本的な玉。
世の中では「平割り」とか「ぶっぱなし」とか呼ばれるようなものです。

色が強く出るわけでもないし、派手さで目を引く花火ではありませんが‥
花火が開発し、星の初速で少しずつ伸びて行く、やがて速度が落ちていく。
その過程に、すごく味があるな、綺麗だなと感じます。

Q……..注目の職人を教えてください。

那須野:

……正直、みんななんですよね。

本当に、この人はここがすごい、
あの人はこれが長けている、
そういう人ばかりで、なかなか絞れないんです。

玉貼りでいえば、今は女性陣に大半を任せています。
あの仕事がなければ、完成度が高い花火づくりは成り立たないと思っています。

貼り場の職人

大玉については、
工場長の柴田武晴が担当しています。
二尺玉や多重心も含めて、柴田の玉は、いい玉だと思っています。
安全も、技術も、判断も分かっている。
現場にいるだけで、空気が落ち着く存在ですね。

大曲さん(全国花火競技大会 大曲の花火)の自由玉や創造花火は、村上 淳が担当しています。
実直で真面目な仕事ぶり。一方でイマジネーションが豊かです。
玉を見ると、「誰の玉だ」と分かるくらい、花火には人柄が出ます。

挑戦と誇り

任せる。そして、背負う。

Q……..社長として、大切にしていることはどんなことですか。

那須野:

任せるバランスと、責任を取る覚悟です。

現場では、それぞれの職人に任せています。
細かく指示を出すより、それぞれの良さを見て、そこを引き出すことを大事にしています。
その人が一番力を発揮できる場所に、立ってもらう。

うちの煙火店の強みは何かと聞かれたら、職人だと思っています。

コンクールも含めて各種花火大会は、担当が決まったら、その担当者に任せます。
私がいろいろ口を挟んでしまうと、彼らの作品として成立しない気がするからです。

花火は一人では造れません。
人を信じて任せる。でも、最後は必ず自分が受け止める。
その覚悟が、社長になってから、一段と強くなった気がします。

Q……..堀内煙火店らしさとは何でしょうか?

那須野:

(今の段階では)「職人力」だと思っています。
「間と闇と空間」───“打たない時間”を大事にしています。

花火が花火を邪魔しないようにしたい。
次の花火のために、間も、闇も、ちゃんと残したい。
空間をどう使うか、そこが美しさにつながると思っています。

だから、打ち方は派手でも、打っている中身は、できるだけシンプル。
そのほうが、花火そのものの魅力を引き出せる気がするんです。

Q……..この業界の一員として、誇りに思うことは何ですか?

那須野:

やはり、老若男女すべての方に喜んでいただけることが
すごくありがたく、嬉しいことです。

花火大会の大きさに関わらず本当に喜んでいただいたときが、一番やりがいを感じます。

花火と未来

“みんなの花火”に!来たい人が来られる業界へ。

Q……..花火業界の未来として、どんな方向に進むといいと感じていますか?

那須野:

日本の花火の完成度は、本当に高いです。
先人たちが築いてくれた、“日本の花火”というブランドがあります。

どの製造メーカーもそれを肝に銘じて、安全で、完成度も高く、
日本の花火として誇れるものを作っていけたらいいなと思います。

Q……..これから、どんな煙火店になっていきたいですか?

那須野:

花火に対し真剣に向き合っている職人に、安全を大前提に、いろいろさせてあげたいです。
それが会社としても、業界としても大事なんじゃないかなと思っています。
造りたい人が挑める環境を増やしていく――そこに、業界の未来もある気がします。

私自身は、職員が思いきり表現できる状況を整えてあげる側です。
そのときの基準は、やはり安全です。
「それは危険だよ」「それは危ないよ」っていうことを、ちゃんと伝えられるようにして、
安全の上で、〈思いきり表現できる場を整える〉そんなところにも挑戦していきたいです。

花火をつくる人に会いにいく
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有限会社 伊那火工堀内煙火店

創 業:明治32年(1899年)

代表者:代表取締役 那須野 大(4代目)

所在地:〒399-3702 長野県上伊那郡飯島町田切681

TEL:0265-86-4780(本社)

FAX:0265-86-6633(工場)