こだま かずえ
児玉 一枝
【2】
◼️…助産師として現場に立ったとき、どのように感じましたか?
看護師の経験を積んでいても、改めて、緊張する仕事だなと思いました。
“出産は、母親にとって人生で何度も経験できない貴重な体験である”ということ。
お母さんと赤ちゃんの二人の命を支えなければいけないということ。
そして、赤ちゃんにとって人生で一番大事なスタートの瞬間に立ち会わせてもらうという、その責任の重さを強く感じました。
助産師学生の時も、実習で分娩介助者として立ち会った最初の頃は、とにかく緊張したのを今でもよく覚えています。
助産師学校時代の “継続事例” の出産もとても印象深いです。
妊婦健診からずっと一緒に行って、家庭訪問もして、分娩も立ち会って、退院後もまた家庭訪問する。
一年間ずっと、妊娠から育児の始まりまで伴走した方のお産です。
「無事に、元気に生まれてほしいなあ」と心から思って立ち会ったお産は、忘れられないです。
◼️…他に、印象に残っているお産はありますか?
いいことも、つらいこともありますし、怖い思いもたくさんしました。
秋田赤十字病院はNICU(新生児集中治療室)のある総合周産期母子医療センターなので、小さく生まれるお子さんのお産もあります。
生まれても泣くことが出来ないくらい小さな赤ちゃんの出産にも立ち会いました。
妊婦さんの状態によっては「ハイリスクのため、妊娠の経過・出産に大きく影響する」ということで、救急車で搬送されてくる方も多かったです。
「命が生まれる」という瞬間の重さを、日々感じていました。
そんな中でも、特に印象に残っているのは、東日本大震災(2011年3月)のときに石巻赤十字病院へ助産師として支援に行ったときのお産です。
私が行ったのは、発災から三日後です。
行く途中も、現地に着いてからも、ただただ驚くばかりでした。
被災地ど真ん中なので、逆に情報があまりなくて。
車で向かう道中も、ずっと避難所や停電、余震情報のラジオを聞きながら進みました。
あの時、石巻市内の多くの分娩施設が津波で機能できなくなってしまい、出産の方が石巻赤十字病院に集中していました。
電気も水も自由に使えず、入院している妊婦さんには乾パンや缶詰しか配れないような状況でした。
私は助産師の支援として一週間、病院に泊まり込んで働きました。
現地のスタッフの方々は、被災者でもありながら分娩に携わっていたので、本当に頭が下がる思いでした。
そんな過酷な状況の中、しっかりと分娩を乗り越え「子どもと一緒に頑張るぞ」というお母さんたちの強い覚悟が感じられました。
多くの方が被災されている中で「おめでとうございます」と言える、出産に関わる助産師の仕事は貴重だと感じました。
あの時の経験は、私にとって、とても大きなものでした。

◼️…どのような経緯で、教員の道に進んだのですか?
助産師として25年働いてきて、「あとどれくらい臨床ができるかな」と思ったんです。
この経験を使ってできることは何かと考えて、教員の道に進みました。
異動ではなく、自分で選んで教員の道に入りました。
2020年に入職したのですが、入って数日後に(新型コロナウイルス蔓延による)緊急事態宣言が出ました。
病院に学生が行けなくなる、という時からのスタートでした。
私はずっと“実習ありき”で学んできたので、
「実習に行けない中で、看護師として何をどう学んでもらったらいいんだろう」というところから始まりました。
看護学生はオンライン授業。
助産師学生たちだけは病院が実習を受け入れてくれましたが、
コロナ患者の方が入院されると数日実習が止まる、ということの繰り返しでした。
オンライン授業と実習指導を行き来しながらの毎日で、必死に過ごしていました。
◼️…教員の仕事は、どんなところにのやりがいを感じますか?
学生が就職先の病院で働いている姿を見ると、とてもやりがいを感じます。
今の新人看護師は、手厚く育ててもらえる環境があるので、よいスタートが切りやすいと思っています。
新人助産師は、分娩介助だけが助産師の役割ではないことを理解し、自分から何でも聞いたり、動いたり、人に揉まれて学んでいってほしいです。
学生と関わる中で、自分も学び続けられる環境にいることはありがたいです。
医療現場の知識も、看護・助産の知識も、教育の知識も、時代とともにどんどん変わっていきます。
だからこそ、自分自身もまだまだ勉強していきたいです。

◼️… これからの働き方や、自分の未来についてどんなふうに考えていますか?
これまでの臨床での経験と、教員としての学びを、これからにつなげていきたいです。
これまで関わったお母さんたち、赤ちゃんたち、そして一緒に働いてきた人たちからもらったものを、ちゃんと次につないでいきたいと思っています。
現場で長年経験してきた「命の重さ」や「お母さんの力強さ」、
教員になって感じた「人を育てる難しさと喜び」。
命に向き合ってきた日々も、学生と歩いている今も、すべてが私の大切な道のりです。
その両方を大事にしながら、
これからも、目の前の一人ひとりに寄り添い、その人の人生の一瞬を支える仕事を続けていきたいと思っています。


