すずき のぞみ
鈴木 のぞみ
神奈川県川崎市生まれ。2歳から秋田県。
短大音楽科時代に行った福祉実習がきっかけで福祉の道に進む。
株式会社グットラックプロデュース 主任ケアマネージャー。社会福祉士。
市民活動団体「おもしぇど・かだればぁ」代表「おむすびごろりん」主催。
【1】
Q.福祉の道に進むきっかけはどんなことでしたか?
短大時代の福祉実習がきっかけでした。
それまでは、ずっと音楽の道に進もうと思っていたんです。
音楽教師を目指していて、幼少時からヤマハ音楽教室に通っていて、
高校時代は月曜~土曜まで 通っていました。
授業が終わって、友だちが遊びに行ったり、部活に流れていく姿を横目に
自分は一人ヤマハ音楽教室に行って、
ひたすらピアノを弾いたり、歌ったり、曲を作ったり、という生活をしていました。
短大でももちろん毎日が音楽漬けで
授業以外はずっとピアノがある個室でピアノを弾いたり、歌を歌ったり、
ストイックな生活を送っていました。
そんな中 教職免許を取るための授業で、福祉施設で実習するというものがあったんです。
自分が未熟すぎて、施設の利用者さん方に言葉も通じない、表情も読み取れない…。
だから、相手が困ってるのかどうかも分からないので、ただぼーっと立っていたんです。
障がい者を差別する気持ちは全くないのですが、
何をしたらいいか分からなくて、ただ様子を眺めているだけで実習期間が終わりました。
施設の方には
「鈴木さんはただのお客様だった。正直、迷惑だった。」と言われました。
すごく落ち込んで、その日は、かなりの距離をトボトボ歩いて帰りました。
Q.打ちのめされた感もありますが、あえてその道に進むのですね。
負けず嫌いだったのでしょうね。
音楽の先生になりたいと思いながらも、
福祉って一体何だろうと思い始めて
授業と関係なく、福祉や、障がい者について調べ始めました。
勉強し始めたら音楽療法があるということも知りました。
音楽の世界しか知らなかった自分のスキルを生かせることがありそうだと感じました。
そこから、病院や障がい者施設で歌ったり演奏したりし始め、
音楽で人を癒したり楽しませたりすることができるのだと知りました。
どんどん面白くなってきて
障がい児の施設で音楽をやりたい、
障がいがある子どもにもピアノを教えたい、
音楽療法をもっと深めたい、と思うようになったんです。
短大で教員免許II種を取って、
そこから県外の四年制大学に編入する予定だったのですが、
秋田赤十字短大で「音楽療法研究会」が立ち上がるらしいと聞いて
親にも内緒で、2つ目の短大で学ぶという選択をしました。
短大の音楽科を卒業して、その春に秋田赤十字短大介護福祉学科に入学しました。
後に、親にはすっごく叱られました(笑)
秋田赤十字短大に入って良かったのは、
福祉やボランティアの基礎、音楽療法についてを学べたことです。
良い先生達にも巡りあえました。
全て現在の自分の活動の基盤になっています。
Q.音楽療法とはどういうものですか?
重い障がいがあって、声が出せなかったり、反応が乏しかったりしても
この音には反応する、この楽器には反応する等、 言葉とは違う刺激をもたらすことがあります。
音楽に合わせて、声を出すことや、体を動かすことがリハビリになることもあります。
音楽を聞いて寝そべっているだけでも 刺激になったり、癒しになったりするんです。
心が豊かになるんですね。
認知症で普段はあまりお話できない高齢の方も
唱歌やわらべ歌で昔を思い出すのでしょうね。
歌をきっかけにお話ししだしたりすることもありました。
ある時、言葉を発するのが難しい認知症のおばあちゃんの前で歌っていたら
急に歌の歌詞をちゃんと言葉で歌い出す姿を見て、
福祉の世界に来たからといって、
音楽を捨てたわけじゃない音楽も生かせるんだって思いました。
Q.ケアマネージャーはどのようなお仕事ですか?
介護保険サービスや在宅での生活のマネジメントをする仕事です。
相談を受けて、その人に必要な支援を考え、プランを立てます。
人と人とを繋ぐ仕事ですが、
私は初め人とあまり喋ることができなかったんです。
(誰も信じてくれないのですけど)学生の時、接客業のアルバイトで
人と喋れないからクレームがくるくらい人としゃべれなかったん です。
子どもの頃もあまりにも喋らないので、親にも心配されていました。
夫にも、両親にも暗いってよく言われました。
楽器の演奏では表現できるのに、言葉にするのは難しい。
かなりコンプレックスでした。
Q.どこから変わったのでしょう?
ケアマネージャーの仕事をする中で、
「自分を担当してくれるケアマネさんには堂々としてほしい」と利用者さんに言われたんです。
自己肯定感も低いし、自己表現もできないし、笑わないし、喋らない…。
そんな自分では、不安を与えちゃうんだなと思いました。
だから、まず人と話そうと思って
うまく話せなくて仕事先で辛くなって、もう嫌だ、話したくない、怖いと思っても、
頑張って堂々と話してみようと奮い立たせました。
鏡を見て笑顔を作る練習もしました。
夫や、利用者さん、周りの人の影響で、今の性格になってきました。
昔は暗かったと言っても、今は誰も信じてくれません(笑)。
大人になってからも変わろうと思えば変われるのだと思います。
嬉しい時は嬉しい、悲しい時は悲しいって喋らないと伝わらないし、
たとえ失敗しても、命を落とさなければ大したことはないと思って
笑い話にできるようになりま した。
Q.ケアマネージャーのお仕事で充実感を感じるところはどんなところでしょうか?
ケアマネージャーは、亡くなっていく人の支援をするお仕事もあります。
家族以外の人の最期に関われるってなかなかないんですよね。
難しい場合もありますが、
例えば息子さんと関係が悪かったけど、ケアマネージャーが間に入って繋げられたり、
希望する自宅で最期を迎えることが叶えられたり…。
良い最期の迎え方をお手伝いできるのは、ケアマネージャーの仕事の醍醐味だと思います。
私が担当するからには、
良かったなって思ってくれるような最期を迎えてほしいなと思うんです。
その答えは聞くことができませんが…。
やはり皆さんは 人生の先輩なので、いろんなことを教えてくれるし、
良いことも悪いことも全部、人の人生を垣間見る仕事はなかなかないので面白いなって思いま す。
利用者さんから
「あなたがいてくれたから独りじゃなかった」と言っていただいた時は、
やっていて良かったなと思います。