さとう あきこ
佐藤 亜希子
【1】
◼ …看護師になろうと思ったのはいつ頃ですか?
物心ついた時から、ずっと看護師志望です。
小児喘息でよく病院のお世話になりました。
当時のアレルギー検査は、注射1本で終わるわけじゃなく、 左12本、右12本の注射をしました。
しかも皮内注射といって ちょっと膨らませるものでした。
看護師さんに両腕をつかまれた3、4歳の女の子が
あと一本、あと一本と励まされながら注射を打たれるわけですね。
その時にかけてくれた優しい声に、幼いながら感銘を受けたんです。
ずっとこんな人になりたいと思って、気付いたら看護師を目指していました。
その時の看護師さんが、
のちに自分が勤務する総看護婦長(当時)と知るのはずっと後の話です。
私が高校生の時に、伯父(母の兄)が呼吸器の病気で亡くなったのですが、
闘病中は何度も病院に行きました。
病院内で看護師さんの様子を見ていると
「受かったらこの病院に来てね」って声をかけてもらったのも嬉しかったです。
一度も志望がブレることなく現在に至ります。
◼ …高校卒業後、看護学校に入るわけですね。
一度、県外の生活を経験したかったので、
埼玉医大の看護学校(現 埼玉医科大学総合医療センター 看護専門学校)に入りました。
ところが、入って1、2か月目から喘息発作が出ちゃったんです。
小・中学時代は、父のすすめで、体を鍛えるためにスキーや海に行ったりしました。
15歳まで病院通いをしていて、風邪に罹った時は発作を起こしていましたが、
以前よりは大分症状は良くなっていました。
それがm県外に行って環境の変化と疲れで、風邪をひいちゃったんですね。
その風邪が引き金となって、喘息発作がひどくなりました。
実は成績トップで入学していたこともあって
入院して休学する選択肢もあったのですが、
親元から離れての生活は、両親が許さなかったのです。
秋田に戻っても資格は取れるし資格を取ったらまた戻っておいでと言われて
渋々辞めて帰ってきました。
川口市(埼玉県)での生活は半年あまりでした。
どうしても看護師になりたいので、
今度は秋田県内で看護学校を受験するのですが、ことごとく落とされるんです。
どうして辞めて帰ってきたのか?というと、喘息が理由ですから、
体を壊してまで看護師になる必要があるのか?
自分の管理できなければ看護師は無理でしょう!と言われ続けて
行くところが無くなってしまいました。
◼ …そこから、どうしたのですか?
実家から通える准看護師の学校に行くことにしました。
1年遅れて准看護師の学校に入って、2年間学び、まずは准看護師になりました。
その後、(秋田県横手市)平鹿総合病院の看護学校に進学し、そこで2年間学び正看護師になりま した。
途中辞めた学校も入れると、5年かかったことになります。
◼ …看護学校ではどんなことを学ぶのですか?
解剖学、生理学、薬理学など看護の基礎となる内容です。
外科も整形も脳外科も全部覚えます。
他には、患者さんに接するケアの仕方でしょうか。
例えば、体を拭いてあげること、コミュニケーションなども勉強します。
実習では、実際の患者さんを見て看護展開をしていきます。
患者さんにとって、今何が問題なのかを見つけて、
それに対して看護計画を立てて、実践し、評価して、最後まとめるという…
これを「看護過程」というのですが、
看護過程を終了した後、論文を書き 発表します。
今は、4年制大学で学びますので、 看護学カリキュラムもずいぶん変わっていると思います。
国家試験は卒業式終わってからでした。
3月に受験して、発表は4月初旬でした。
私の場合は、准看護師資格があったので、その発表を待たずにすぐに働けました。
◼ …看護師になってからの体調はいかがでしたか?
喘息の症状がまったくなかったわけではないのですが、
看護師になってすぐ勤務したのは、実家から通える病院だったので、
何かあっても、親に病院に連れて行ってもらえますから、安心でした。
病院編成の関係で、秋田市内の病院に勤務することになって、また一人暮らしが始まりました。
仕事の忙しさで、風邪をひいて、その風邪がなかなか治らなかったです。
咳が止まらなくなって、まっすぐ寝れないんです。
身体を抱え込んで丸くなって寝るのですが、咳が出続けるので、眠いけど眠れませんでした。
メプチンエア(気管支を拡げ呼吸を楽にする薬)には、ずいぶんお世話になりました。
ちゃんと検査をしてもらったら、データがものすごく悪かったんです。
正常が20以下なのに、当初私のデータは120以上でした。
閉塞性肺疾患(COPD)、いわゆる肺の生活習慣病のようになっていて
肺が全然機能してない状態でした。
薬と吸入の日々が始まりました。
強い薬だったので、脈は速くなるし、声はかすれるし…、
最初は、副作用ばかりで過ごしていましたが、
今は、数値が40ぐらいなので、だいぶ改善されてきました。
小児喘息は治らなくて、気管支喘息へ移行するんだ。
だからきちんと治さないといけない、
上手に付き合ってくださいねって言われています。
コロナウィルス感染症は脅威です。
今、5類に移行しましたが、医療従事者はいつでも隣り合わせです。
ワクチンもアナフィラキシーを起こしちゃったので、私はもう打てないんですよね。
呼吸器に影響があるので、細心の注意を払っています。
ただ、今は花粉症に悩んでいます(笑)